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訴訟社会と「自己責任」 

木曽駒ヶ岳 090910_cIMG_3112
北海道の積丹岳で2月に亡くなった人のご両親が北海道警を提訴したという悲しいニュースを見た。

47NEWS「積丹岳遭難死、遺族が道を提訴へ 損害賠償を請求」という記事によれば、遺族は次の点で北海道警の救助を不適切としている。
a.救助隊員が遭難者を乗せたソリを木にくくりつける際に複数の支点をつくり固定しなかった(二度目の滑落の原因)
b.滑落した遭難者を助けなければ死に至ることを知りながら捜索を打ち切った

筆者は、亡くなった方のご冥福を祈るが、この提訴には危機感を抱く。
最初はこの記事を見て「北海道警の救助隊もひでえなぁ」と思ったのだが事故状況を確認してみると話は大分違うようだ。
二度の滑落のうち一回目は遭難者とともに三人の救助隊員が滑落している。遭難者を支えながら歩いていて雪庇(せっぴ)を踏み抜いたようだ。雪庇の踏み抜きというのは、比較的初歩的なミスなので、雪庇がそれとわからぬほど異様に大きいとか、視界が悪い、そこしか通れない(ナイフリッジや遭難者が雪庇上にいるetc.)など悪い条件が重なっていたと見るのが自然だ。現場の斜面を知らないので断定は避けるが、厳冬期の北アルプスなら、この時点で救助隊員を含む4名が死亡して不思議はない。滑落停止後に遭難者をソリに乗せて引き上げを開始できたこと自体が幸運と言うべきだ。
二度目の滑落は、この引き上げ作業の途中で起きたようだ。事故当時の報道を検討すると、この時は二人(当初滑落しなかったメンバー)で引き上げていて、他のメンバーとの交代のためにハイマツにビレーを取ったことが事故につながったようだ。この時の気温は-20℃、風速は20m、視界は5m程度だったという。風速1mで体感温度が1℃下がるから、この時の体感気温は-40℃だ。

このような条件の中で、滑落事故直後(おそらく負傷している)の3名を含む5名の救助チームの作業としては、無理もない面が多分にあったのではないだろうか。
論点bの「救出打ち切り」(翌朝までの一時延期)は、上記のような気温と視界の中、夜間の捜索など論外で、全く的はずれな非難である。仮に、遭難者の位置がわかっていたとしても、二次遭難の危険が高ければ、救助断念も許される。現に、作業中に滑落事故を起こしているチームである。現場でのビバークが避けられない以上、捜索を中断しても安全なビバーク準備をしなければ救助隊まで全滅する。
論点aは一理あるように見えるが、bのような原告側の雪山を知らない主張からすれば、その妥当性に疑問の余地がある。現場の雪の付き方や雪(氷)の固さに左右されるが、問題は「支点をとれるハイマツなどがどれだけ雪の上に出ていたか」だ。二人で急斜面を引き上げているので、固定作業は一人が遭難者を支えながら、他の一人が支点を作るという厳しい条件で、しかも上記の環境下で行われていたはずで、時間的、体力的、物理的な限界があったはずだ。

もし、山も知らない裁判官が、さすがにbはともかく一見正論にみえるaの主張を鵜呑みにするようなことがあれば、山岳遭難の救助は崩壊するかもしれない。
このときの遭難者はスノーボードをやるために山に入って迷ったとのことだが、基本的に山岳救助は、自由意志で遊びに入った要救助者を、救助隊員が命がけで助ける(しかもときにはボランティア)という割に合わない構図になっている。北海道警のレベルは知らないが、長野県警の常駐隊には、良い意味で化け物みたいな隊員が揃っているから、たぶん似たようなものだろう。そういう人でも手に負えないことがあり時には自分自身が落命するのが自然というものだ。
その現場にとって、「自分の身の安全は度外視して、状況にかかわらず遭難者を捜せ」とか「現場の状況によらず常に最高の方法で救助せよ」と要求しているに等しい今回の提訴は深刻だ。もし、道警が不適切な理由で責任を問われたら、救助現場は困ったことになる。
そうなれば最も確実な責任回避方は、「悪天候のため出動できない」と断ることだ。風速20メートル、体感気温で-40℃の危険だらけの現場に無理に出て行く必要がどこにあるだろう。

お気づきのように、この件は産科医療崩壊に拍車をかけた福島県の医師逮捕事件(すでに無罪確定済み)と相似している。あの事件のあと、産科医の不足・救急時のたらい回しなどが一気に社会問題化した。しかも、医療現場の場合はまだ患者自身が望んで怪我や病気をするわけではないが、山は基本的に本人の意志と覚悟で行くという前提がある。

全国の遭難救助現場のために、充分な審理と妥当な判決を期待している。

追記:けっこう気になっているので、続報を探していたら流れ着いたブログ「かりんのひとりごと」さんの「ベストな選択は遭難者を救助しないという究極の現実」というエントリを見つけた。
このブログの整理(地元の方なのであちらの方が情報が確かかもしれない)では、1度目の滑落からの引き上げ作業を3人でした(構成は不明)とあるので、ビレイの作業はオイラの想定と細部が変わってくるかもしれないことを明記しておきたい(総体としては変わらない)。
「まともな」山ヤは遭難者を見捨てないのが暗黙の掟だから、かりん さんの結論はやはりショッキングだ。だって、オイラがたまに「本気」でやるルートの場合、このルールを適用すれば全て「放置」となるんだもん。頭の中で交通事故などにも拡大してみた。救命士さんが現場で、「あなたは搬送しても100%助かるとは言えない。責任が取れないので、救急車には乗せられません」とか、電話口で、「あぁ、そのけが人は死亡の可能性がありますから救急車は出せません」とか言うわけだ。なんとか病院に駆け込んでも、「内臓破裂かぁ、これは命が保証できないので当院では手術できません」と言われる・・・なんという社会だろうか。ちょっとグロテスクな想像をしてしまった。むろん、かりん さんの記事は、そうなって欲しくないという願いか込められていると思うし、山岳遭難が身近なところにある者として、そうならないようにできることをしたいと思っている。 (9月19日記)
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テーマ: このままで、いいのか日本
ジャンル: 政治・経済

2009.09.15 Tue 05:26
カテゴリ: 頂を踏む
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