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歴史の役割 

行ったとか行かないとか、言うとか言わないとか、空虚なニュースが流れている。メディアには「だからナンだ」と言いたくなる。どうも、本質を外れているのではないだろうか?

復員兵を伯父に持ち、父は家に来ていた疎開児童たちとともに育ったという環境では、かなり生々しい戦争の話を聞いて育つ。戦地の話だけでなく、内地の話だけでも戦争の傷は伝わってくる。たとえば、先生にソッと呼ばれた疎開児童が父母の死亡(空襲で)を知らされていた様子だとか、子供に会いに来た母が、物陰でソッと我が子だけに乾燥芋を手渡していた(でもその子はみんなに分けて、ほんのヒトカケずつしゃぶっていた)話だとか・・・
疎開児童だった人々は今でも同期会を開いている。かつて、店の手伝いをしていて、この方々を迎えたときは、「おぉ、○○ちゃんの息子かぁ!」と懐かしそうに声をかけられた。

思えば、なんとか、こういう人々のナマの話を継承したいと思ったのが歴史への入り口だった気がする。日頃、中世史なんかやっていると「歴史は地域に勇気を与える(森 浩一氏のパクリ)」なんて言っているけど、今日ばかりはちょっと違う歴史の役割を重く感じる。


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2007.08.15 Wed 21:29
カテゴリ: ひとりごと
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