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真実と作り話の間で 

今日から「天・地・人」が始まる。「仁愛」「義を貫き愛に生きた男」かぁ・・・やっぱり。 ┐(゜~゜)┌フィクションだって割り切ればいいんだけど、大河ドラマってけっこう信じられちゃうんだよねぇ・・・NHKさんもそこまで考えてくれればいいのに。あの兜は、いま踏査中の中世戸隠修験に深いつながりがあるので、ちょびっとウンチクを。兼続の兜の前立てが「仁愛」ならば、その下にある「雲」をどう説明するのだろう? 古今東西、雲に乗るのは「カミ・ホトケ」と決まっている。「文字」に騙されて「形」を軽視してはいけない。実際、上杉景勝(兼続の主)の兜は、兼続とそっくりの「雲」の上に真円の日輪を乗せているのだが、そこには「摩利支天尊・日天大勝金剛・毘沙門天王」と書かれている。戦いの神様のそろい踏みだ。上杉謙信の場合は、写真のように狐に乗ったカラス天狗で、これは「飯縄明神(権現)」だ。飯縄信仰は室町時代に爆発的に武士階層に広がった信仰で、当時の史料に「魔法」とまで書かれている。一種のオカルトで、ガクトの謙信が演じていたアレだ。本山は信州戸隠山の東隣にある飯縄山で、戸隠の鎮守と考えられていた。ちょっとだけ文字も使うと、謙信は永禄七年に書いた「武田晴信悪行のこと」と題した願文に「飯縄・戸隠・小菅退転・・・(原文かな書き)」と修験道場を衰退させたことを第一に挙げている。何種類かある上杉家のハンコでも「勝軍地蔵・摩利支天・飯縄明神」という印文のものがよく使われている。謙信・景勝の二代にわたって「戦神」を兜にいただいているのに、兼続の兜だけ「仁愛」だって言われてもねぇ・・・(^^ゞ雲に乗る「愛」の字の戦神・・・・候補は「愛染」と「愛宕」だろうが、私は「愛宕」だと思っている。なぜなら、愛宕権現の本地仏(神の正体は仏という思想)は「勝軍地蔵」なのだ。上に書いたハンコの中に、摩利支天・飯縄明神とともにちゃ~んといらっしゃる。ハンコの中に刻まれてるので、数千点の上杉文書の中でも登場頻度が極めて高い。愛染明王は数えるほどしか出てこないので、勝負あった、というわけだ。ドラマとはいえ、当時の武人の心性をふまえて作ってほしいな・・・なんて思うけど、まぁ原作があるのでしかたがないか。これでまた「兼続は愛の人だったはずだ!」なんて質問(これがまた結構ムキになって言うんですよね)に丁寧に説明しなきゃならない。 (;-_-) =3ま、ドラマはエンターテイメントってことで・・・チャンチャン。
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2009.01.04 Sun 06:11
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