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二つの水の恐怖 

岳 戸隠連峰 本院岳~八方睨 110410_cIMG_9216
福島第一原発の1号機炉心メルトダウンについては、肝心なことを置き去りにした報道がなされ、それに起因する少々ポイントを外れた議論が繰り広げられているように思う。

その始まりは、この記事のように、大メディアの多くが12日の会見内容について「東電がようやくメルトダウンを認めた」という趣旨で報道したことだと思う。「今ごろ認めた」「東電は不誠実だ」と言いたいのかも知れないが、それは全てが一段落したときに、東電を被告席において問いただせば良い。
これを読んだ、多くの人たちの中から「やはり大変だったじゃないか」という反応が起きたのは仕方がないことだけど、実はそれは本質からピントがぼやけてしまっていると思う。また、正反対のスタンスで、報道発表などを論理的に検討することなく引用し、「落ち着いて対応しましょう」などと良識派を装っている少々胡散臭い人も目立った。

まずは、後者の見方を整理してから本題に入りたい。そもそも、「核燃料の全量が溶融もしくは崩壊したが、それは圧力容器内にとどまっている」という発表を鵜呑みにして良いものだろうか?

溶け崩れた燃料棒が、まず初めに圧力容器の底部に落下して堆積することについては異論はない。しかし、圧力容器には、毎時8トンもの水が注ぎ込まれている。15分で2トン、つまり2000リットルもの水が注がれ、圧力容器底部に流れ下れば、そこが「波ひとつ立たない静かな水たまり」であろうはずがない。
そこには、崩れ落ちた核燃料などの溶けた塊や様々なサイズの粒子が存在するはずだ。注ぎ込まれた水流は、これらを攪拌し、その大半が放射性物質の粒子とともに圧力容器の穴から外(格納容器内)へと流れ出ただろう。穴の位置と水流の強さによって流出する粒子のサイズ(上限)は変わってくるだろうが、容易に流される細かな粒子は底に堆積するいとまもなく流れ出したとさえ推測できる。溶け崩れた核燃料の全てが圧力容器内に留まっているなどという説明は不自然で説得力がないと言わざるをえない。このように考えると、「燃料は圧力容器の底で冷やされている」という説明を頭から信じて、見てきたように「心配する必要はない」などと書いているブログなどには、いささか違和感を覚える次第だ。

では、オマエはどうだ、と問われるだろうからオイラの考えを書こう。
上記のような仕組みで、溶け崩れた燃料の相当量はすでに格納容器に流出してしまったと考えるべきだろう。ただし、そのことをもってパニック的な危機感を煽ろうというつもりではない。
なぜなら、圧力容器内の核物質が減ったからには、圧力容器内での再臨界が引き起こされる可能性はさらに低減されたはずなのだ。もともと不純物が混じった堆積物なので、原発の危険性を指摘する研究者からさえ、再臨界の可能性は低く見積もられていたが、量的に減ったことで一層臨界の可能性は下がったはずだ。同様に崩壊熱を発する熱源としても、分断されて規模が小さくなっているので、「核反応をともなう可能性もある大規模な水蒸気爆発」を心配する必要はすでになくなったと見て良いのではないだろうか。
「メルトダウン」という言葉が醸し出す危機感は、このような放射性物質の爆発的飛散からの緊急避難を後押しする上では有効だったかもしれないが、今の一号炉を語るうえでは、さほど意味を持たない。まして、概念規定を巡る議論などに付き合ってはいられない。

むしろ問題なのは、格納容器の密閉性が担保されていないらしいことだ。「らしい」などと言うより、「入れた水」と「蒸発が見込まれる水」と「現存する水」の収支が合わない以上、相当量の水が格納容器からも漏出している(報道されているだけでも数千トン)のは確実だ、と言う方が良いだろう。そうであれば、相応の放射性物質(核燃料そのものと核分裂生成物)が水流に乗って環境中に放出されてしまったことも疑いない。実は、これこそが問題の本質であって、「東電が今さらメルトダウンを云々」などは、あとで追及しても間に合うのだ。呼び方がどうだろうと、被害の深刻さは変わらないのだから。

一号炉の漏水問題は、今回の大事故の影響を少しでも低減させるための重要な問題を目の前に突きつけた。正確には、炉心に水を注入し始めたときからずっと存在したのだが、メディアも含めて関係者があえて無視してきた恐怖をむき出しにした、と言った方が良いだろう。そして、これは、問題の本質に多くの注目を集めていく数少ない転機の一つだと思う。

問題の本質とは、水によってもたらされる汚染の拡大と深刻化だ。水は、放射性物質を運んで、刻一刻と汚染を広げていくと同時に、水自体の動きや水生生物によって汚染を濃縮させる働きもする。実は、一号炉の水位問題とは無関係に、すでに後者の働きに関する報道はなされていた。
代表的な三つを挙げれば、それは、東京を初めとする「水道水」の放射能汚染、福島や東京などでの下水処理施設の汚泥の放射能、そして、福島県での淡水魚の放射能汚染である。前二者は、広い範囲に降った雨や雪が集まって、あるいはそれに生活排水などが加わって、浄水場や汚水処理施設に達したときに想像以上に濃縮されていたという話だし、最後の淡水魚はそういう働きをする水の中に住む生物から予想される結果が出たにすぎない。

そして、今回は水による汚染の拡大、つまり原子炉から流れ出して(この表現がイヤなら「行方不明」でも構わない)しまった水にようやくスポットが当たろうとしているのだ。ピットに溜まった汚染水の海への流出問題の際は、メディアは明らかに追及方針を誤った。「水セメント」なんぞで目に見える流出を止めたところで、毎日ジャブジャブ注いでいる水の行き先が見えにくくなるだけだったのに、「(その場所だけ)止まった」ことに安堵する形で原発全体の「水収支」を検証することなく終わらせてしまったからだ。その意味では今回がラストチャンスかも知れない。数日前から、海藻類に対する放射能の検査に政府が消極的であるという情報が増えてきているが、「炉心に注いだ高濃度汚染水はどこに消えた」を合い言葉に、こんどこそ全体の水の収支を明らかにさせねばならない。

刻々と動く水、とりわけ地下水などに溶け込んでしまった放射性物質を回収することは雲を掴むような話であるが、人類と地球に対する責任として、その努力は半永久的に続けなければなるまい。汚染拡大防止にも、自己防衛にも、一刻も早い対応が必要であるが、それには冷静かつ粘り強く情報の完全な公開を求める以外にない。その意味で、オイラは事態を深刻にとらえているけれど、「爆発」などの可能性の下がった事態(2・3号炉の可能性はまだ不明だが)を言い立てることで被害を過小評価したい人々に揚げ足取りの口実を与えてはならないと思うのだ。

何年かかろうとも、美しい日本を取り戻そう! 自然な未来を考えよう。

【註】原発がらみの話題には、抗議の意をこめて、四季折々の美しい日本の自然の写真を添えていきますので、ご了承くださいネ。

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テーマ: これでいいのか日本
ジャンル: 政治・経済

2011.05.14 Sat 13:56
カテゴリ: ひとりごと
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苦味を盛る »

コメント

unthinkable
子供の時から思い込みが強いほうで、損ばかりしている。
子供のころは、「日本は必ず勝つ」という軍国主義の神話を教えられ、それを固く信じていた。
この軍国主義は、原爆であえなく崩れ去った。
戦後は、「平和利用の原発は絶対に安全である」という原発主義の神話を教えられ、それを信じていた。
この原発主義の神話は、今回の東日本大震災であえなく崩れ去った。

何せ、我々は、丸暗記と受け売りの学校教育しか受けていないので、もちろん問題を解決する能力は持っていない。
だが、事態を台無しにする力だけは持っている。だから、世の中は難しい。
この無軌道が我が国を迷走させる原因となっていて、自分自身にとって危険なものになっている。

日本人に危機管理はできない。
自分に都合の良いことは思惑通り、悪いことは想定外とする。
縁起でもないことを口に出してはいけない。言霊の効果が恐ろしい。
だから、最悪のシナリオなどというものが他人に知らせられるはずがない。
あとは、他力本願・神頼み。
はらいたまい、清めたまえ。

我が国が核攻撃を受けたらどのような事態が発生するか。
我が国の原発が大事故を起こしたらどうなるか。
疾走する弾丸列車が貨物列車に激突したらどのようになるか。

悪夢は見たくない。いつまでも能天気でいたい。
天下泰平の気分を壊したくない。

自分に都合の良いことだけを考えていたい。
それ以外の内容は、想定外になる。

ただ「間違ってはいけない」とだけ注意を与える。
「人は、誤りを避けられない」とは教えない。
「お互いに注意を喚起し合って、正しい道を歩まなくてはならない」とは、考えていない。

もしも自分にとって都合の悪いことが起こったら、びっくりする以外にない。
そして、「私は、相手を信じていた」と言い訳するしかない。だから、罪がないことになる。

危機管理は大の苦手。
だが、ナウな感じのする犯人捜し・捕り物帳なら大好きである。毎日テレビで見ている。

日本語には時制がないので、未来時制もない。
未来の内容を鮮明に正確に脳裏に描きだすことは難しい。
一億一心のようではあるが、内容がないので建設的なことは起こらない。
お互いに、相手の手を抑えあった形である。すべては安全のためか。不信のためか。

問題を解決する能力はないが、事態を台無しにする力を持っている。
親分の腹芸か、政党の内紛のようなもの。
今回の事件はわが国の国民性を色濃くにじませている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

【2011/05/14 16:22】
URL | noga #sqx2p0JE[ 編集 ]

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