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メディアの「魔女裁判」と「科学」という呪文 その3 

このエントリは連続モノですので、ぜひ「その1」からお読みくださいね。

さて、このシリーズをまとめるにあたり、4月27日に公判が行われた「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反(虚偽記載)裁判の報道を取り上げたい。今回の公判では証人の川村尚「水谷建設」前社長が「大久保元秘書から現金1億円を要求され従った。工事を受注でき、元秘書のご協力のたまものと思う」と述べたとされる(毎日新聞)。
もともと、裁判の争点はこの証言に出てくる「裏金」とは関係ない(だって検察役の指定弁護士はすでに「裏献金」の立証を諦めているのだから)。そのくせ「虚偽記載の背景説明」といういささか無理な証人申請が認められた上での証言なのに、大メディアは証人の言い分だけを大々的に報道した。申し訳程度に石川氏らが否認していることは伝えたものの、「そもそも立証する気のない証言だ」と伝えた社はない。もし「公平でない」と批判されても、各社とも「事実を伝えているだけ」と反論するだろう。お見事!
しかも、裁判の核心とは無関係なので、この先、原告がこの証言に反論しようとしても、裁判所は「本件と関係ない」と遮ることが見込まれる。その点まで考えれば、やはりバランスを欠いた報道という批判が当たっているのに、だ。

この事案(今のところ事件と言う気がしない)、そしてその裁判と報道は、民主主義の国で起きていることなのだろうか?
これで、大マスコミは民主主義のチェック機能を果たしていると言えるのだろうか?

さて、ここで「その1」で取り上げた日本の大メディアの沈黙、「その2」の「科学的態度」について、それぞれ検討してみたい。
まず、日本の大メディアの沈黙から始めよう。現在、日本のメディアや政府には、「その1」でオイラが書いたことを、「余計な不安を煽る」と見なして否定する風潮が広がっている。「証明されていない」という反論もあるだろう。
では、上記の「証言」報道はどうだ? 証言自体が「事実」だから報道したのだろう?
オイラの書いた「その1」に事実以外の部分があっただろうか?
「1号炉と3号炉は爆発の様態が違う」「3号炉ではキノコ雲が噴き上がった」「海外の専門家は3号炉の爆発が激しく、その原因が臨界にあるのではないかと述べている」というのは全て事実だ。「証明されていない」と言うなら、「裏献金証言」も同様だ。しかも、3号炉の爆発は、おそらく「裏献金」証言などより傍証が豊富にある。
つまり、日本のメディアは、自分たちの都合の良いときだけ都合の良い「事実」に絞って報道する組織なのだ。その態度の使い分けが二つの事例から如実に浮かび上がる。オイラは「その1」を書くための引用先として国内大メディアを一つも使えなかったし、「核燃料のかけらが3キロ先まで飛んだ」なんて海外で言われてることをちっとも知らなかった。
┐(゚~゚)┌

次に、大メディアの「科学的」態度だ。
現在の報道は、「100mSv 以下の被曝がガンが発生することは『科学的』に証明されておらず、ある値(閾値)を超えなければ心配ない」という一色に染まっている。はてさて、これは本当に科学的なのか?
メディア各社に一つ問いたい。「閾値」は何mSv なのか?
閾値がある、というのは学説の一つに過ぎない。しかも、その値を言える研究者はいない。もちろん、メディア各社もこの問いに答えられまい。
にもかかわらず「閾値以下なら心配ない」など、詐欺に等しい報道だ。「閾値」を前提とした言説を流布させるなら、少なくとも「閾値」があることを立証してからにするべきだ。立証もできないことを大々的に報道するのが「科学的」なのか?
こう書けば、賢明な読者の皆さんはおわかりだろう。証明する気もない「裏献金」の証言をあたかも大スクープのように報道する態度と、論証できない「閾値」を前提とした「安心」報道とは、おぞましい双子の兄弟なのだ。
本来であれば、それぞれ「推定無罪」と「安全が立証されていない以上は冷静な対策を」というスタンスで報道するべきものが、まるっきり反対になっているのだ。挙げ句の果てに、内閣官房参与の辞任やら、累積100mSv以下での白血病労災認定やらの事実が出てきたのでは、メディア各社もお困りだろう。

今のままでは、大メディアなど「魔女裁判」の手先となんら変わるところはない。しかも、彼らは自己正当化のために「科学」という言葉を免罪符にしているからタチが悪い。汚れた手で「科学」をもてあそぶな、と言いたい。ちなみに、オイラがいう「科学」は自然科学にとどまらない。社会科学だって同様に科学的態度が大切なのだ。だから、これは原発事故の報道に限った話ではない、とダメ押ししておこう。

上記の裁判にしても、原発事故にしても、こんな報道をして、メディアはその責任を取れるのだろうか?
いや、言わでものことを書いてしまった。。。
何の責任も取らない、これこそ日本の大メディアだったっけ(笑)
しかし、その姿勢の、なんと東京電力と似ていることか。背筋が薄ら寒くなる結論に、熱い珈琲がほしくなった。(完)

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テーマ: これでいいのか日本
ジャンル: 政治・経済

2011.04.30 Sat 15:32
カテゴリ: ひとりごと
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