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うそ?! 

信濃の中世城館では「石垣」は発達しなかった(石積はいくらでもあるけど)と思いこんでいたけれど、昨日はとんでもないものを見てしまった。

雁田小城と呼ばれる遺構で、主稜線上方の「大城」の付属施設と伝えられているが、トンデモナイ。規模が小さいので、用途は考える必要があるとしても、4段に積まれた石垣は天端と角石を見る限り織豊段階の技術をふまえているように見える。
(最上段南西角)


後世の模造でなければ、これは大切な史料だろう。小さいゆえに見逃されてきた信濃の中世史を検討する貴重な証人だ。
(上から2段目 南西角)

ところで、ここは何のブログだ?
いや~、あんまりビックリしたもんで、つい・・・ (^^ゞ



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2008.06.16 Mon 05:44
カテゴリ: 城を見る
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あらためて 

昨日今日と、東日本各地からのメンバーを迎えて勉強会。地元のオイラはちょいとホスト役のお手伝いとなった。

巡検と夜の研究会、そして飲み会というメニューなので、メインは長野県北部の巡検。正直言って知ってる場所ばかりだから、あんまりワクワク感はなかった・・・・・というのがトンだ思い上がりであることがシミジミわかる会だった。
写真は今日は行かなかったけど飯山市の山口城の「御屋敷」エリア。飯山城の主郭からの眺望で、あらためてこの城の価値が見えてきた。

「企画展のネタ探し」という視点で見られると、知ってるつもりでも答えられない質問は来るし、そういうお仲間と一緒だと、自分が持っていた見方が大きく変わってしまうことも色々あって、とても充実した二日間となった。もしかして、地元のキミが一番たくさん報告書買い込んでるんじゃない?!
久しぶりに勉強して、今夜あたり知恵熱が心配・・・予防的医療としてビールで冷やしておこうかな o(^-^)o




2007.12.23 Sun 17:07
カテゴリ: 城を見る
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どう見てもバカ 

昨日は目医者さんに行ったあと、山城を三つ回って、夜は夜で例の壊された山城遺構の件で友人に会った。

「この暑いのに莫迦だよねぇ」と我ながら思うが、スイッチが入るとやめられない性分だ。ゼッタイ損をしていると思うけど、面白いからまぁイイや・・・。信越国境の信濃側について、今まで見えていなかったことが見えそうな気がしている。そこのところをある程度固めておかないと、壊された遺構の史料的価値を説明しにくい。

・・・とか言うとカッコよく聞こえるだろうけど、やってることは作業服に長靴、デイパックを背負って、手には赤白ポールで野山、イヤ「山々」を這いずり回るだけ。おまけに菅笠(全天候対応のスグレモノ)をかぶってるから、かなり珍妙な格好だ。他人からは、さぞかし奇妙なモノに見えるだろう。

それにしても、暑い。1時間でポロシャツはビショビショ。帰る車内には洗濯物の山だ。
通りすがりの向日葵が、あんまり夏空を謳歌してるので、ついヤケクソで撮ってしまった。




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2007.08.08 Wed 06:30
カテゴリ: 城を見る
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文化財と花粉症の間 

情熱と冷静の間・・・違ったっけ?
そんな小説?があったけど、先日怒りのままに書いた髻山城に昨日ふたたび行って、可能な記録をとっている間、繰り返しこんなフレーズが頭に浮かんだ。

写真は、遺跡(遺構)破壊の状況だ。なんのことだかわからないだろうけど、ここでは土塁といって土を盛り上げて造る分厚い塀のようなモノと堀(横堀)が重機によって完全に崩され、つぶされてしまった。本当はこの作業用林道の場所には、中央あたりに堀が、その右(ポールのあたり)に土塁が、並行して奥まで延びていたのだ。
こうなると完全にお手上げ。特に、盛り上げてあった構造物は崩されたが最後、二度と復元できない。堀の方だって、この状態から発掘しても、どの程度データがとれるか・・・

破壊の原因になった作業は、町の事業として行った「間伐」だという。
近年、全国に植林された杉林が放置されて荒廃したあげく、人間に花粉症という強烈なしっぺがえしを始めているのはご存じの通りだ。その意味で、この作業はむしろ望ましいことだった。たった一つ、文化財保護と森林保護の二つのセクション間の行き違いをのぞけば・・・
やれ「縦割り行政」だなどといって責め立てるのはたやすいことだ。特に最近のマスコミは、どこかに「悪役」を造って声高に責め立てる。だが、現場では関係者の誰もが汗を流し泥にまみれて這いずり回っている。それを知っているので、安易に責任追及をする気分にはならない。いま自分にできることは、可能な限り記録を残すことだけだ。

フェーン現象の熱風で自分も汗だくになりながら、この惨事をどうすれば防げたのだろうと考えた午後だった。



2007.08.03 Fri 21:22
カテゴリ: 城を見る
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要 緊急調査 髻山 

6月に友人から「遺構破壊」のメールをもらっていた「髻山城(もとどりやま/飯綱町)」の実態調査に午前中出かけた。川中島合戦に際して武田信玄も使用したことが伝えられる重要遺構だ。

メールによれば、重機で林道を造ってしまったとのこと。
山道をたどり、遺構に近づくにつれ、胸苦しい気分になる。
城域に近づくとまごうかたなき重機の痕跡が縦横に林を切り裂いている。絶句・・・
そこからは駆け上がるように遺構中心部に向かう。

「ふざけんな!」と、思わず声が出た。こんな馬鹿なことがあって良いのか。
縦横の堀で緩斜面を区画した髻山城の特徴的遺構が重大なダメージを受けている。完全に消滅した遺構もいくつかあった。
同じ自治体内の文化財保護と建設のセクション間の連携ミスだという。これが平成の大合併の果実だとしたら、なんと虚しいことか。

他方で、今の時点で行動すれば、遺構の価値を記録できそうなポイントも二三箇所確認できた。また、付設されている「髻小城」の遺構を初めてこの目で見たので、髻山城の破壊を免れた部分に、見いだすべき別の価値がありそうな手応えもつかんだ。

とにかく、落葉の時期になる前に、地表面の現状記録は終わらせなければならない。この気持ちだけで駆け下りるように遺構をあとにした。

柏崎の地震も気になるけれど、この足もとの火事も対応を急がなければ!


2007.07.29 Sun 13:32
カテゴリ: 城を見る
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